昨年はこども教室≪もんじゅ≫が地域のお子様をお預かりする教室として、安全と安心の確保の方法を考える出来事がありました。昨年秋に、≪もんじゅ≫から数百メートルしか離れていない場所にある高齢者施設で殺人事件が起きました。朝、入居者の女性が殺害されているのが施設内の人によって発見された事件でした。事件は金曜日早朝に発覚し、近隣の小中学校は昼ごろに保護者に対して以下のメールを一斉送信しました。(事件は未解決なので、具体的な固有名詞や一部の数字は伏せておきます。)
「○○小学校 保護者の皆様。本日、本校近くの施設で殺人事件があったとの情報がありました。本校は現在昇降口を閉め、通常通りの授業を行っています。下校につきまして、教職員が付き添う形で、学年別、方面別で集団下校します。下校時刻:1~3年生:14:40、4~6年生:15:30。ご理解ご協力をお願い申し上げます。」
(写真は、≪もんじゅ≫生徒の保護者さんが学校からの通知を転送してくださったものをスクショし、文字隠しと強調をしたものです。)
メールで事件に関する通知を受けた、≪もんじゅ≫にお子さんを通わせている保護者の方々からは、「事件はどうなっているのでしょうか」「殺人犯がうろついているかもしれないので、今日は≪もんじゅ≫を休ませます」などの問い合わせと連絡が相次いで入りました。
この事件は、その日の朝のうちにテレビニュースで報道され、私たちも緊急性を感じていました。というのも、≪もんじゅ≫の大半の生徒さんが、事件のあった場所を含め、当教室から1キロメートル以内の自宅から徒歩で通っているからです。≪もんじゅ≫でも生徒さんたちの通塾に際しての安全情報を入手しなければいけないと、早急に情報収集に手を尽くしました。
まず午前中に事件現場のすぐ近くに住む知り合い(娘の幼稚園以来の同級生の親御さん)に妻が電話をかけました。すると、「近所には警察や報道陣がいっぱい来ていて、うちにも聞き取りに来ているわよ」と、すでに大量の警官が投入されて厳戒態勢が敷かれていることがわかりました。地元のママ友ネットワークが役に立ちます。「何を聞かれたの?」との妻の問いに、「私がスッピンだったから、カメラを持ったテレビ局らしい人がピンポンしてきた時は出なかったわ」とのお答えはご愛嬌でした。その後、妻は商店街に行って、お店の人が何か小さな情報でも得ていないかを、昼の買い物をしながら聞いて回りました。
事件現場の詳細な情報は、かつて地元小学校の教諭で、現在は≪もんじゅ≫の指導スタッフをしているA先生から、その日のうちに会って聞くことができました。A先生は事件があった高齢者施設の町の町内会長をされています。警察は彼のところに朝から来て、施設の様子や出入りしていた人、町内での不審者の有無などの情報を取りに来ていました。またA先生としても、町内会長として町内の人たちを安心させるためにも、逆に事件現場の様子を警察に問い返しました。犯行はあくまでも施設内の特定の人を計画的に狙ったものであり、今後、周辺の児童への無差別な殺害をすることは考えにくいとの警察の見解を、私たちはA先生から昼ごろに入手していました。
とはいえ犯人を逮捕できていない段階で、保護者の皆さんに不確定情報をお伝えすることはできません。こちらが「大丈夫ですよ。子どもが危害を加えられることはなさそうです」などと言って、万が一の事態が起きてはこちらの申し開きができません。心配する親御さんの中には、当日のお子さんの≪もんじゅ≫への通塾に、お父さんが送迎をするとおっしゃる方もいらっしゃいました。通常でもお母様が送迎にいらっしゃる生徒さんは少なくありませんが、こんな時にお父様が送迎に来てくださるのは、他の生徒さんに対しても防犯上心強いです。
とりあえず、「親御さんが送り迎えをしていただければありがたいです」とお伝えしておきました。しかし、問い合わせの電話や送迎でお会いした時に、「殺人事件があったと聞いています。怖いです」とおっしゃる保護者さんたちや、お子さんを休ませるお宅が多く、翌週月曜日に≪もんじゅ≫の授業が始まる前までに、信頼できる情報を提供する必要があると感じていました。
事件から2日たった日曜日に、≪もんじゅ≫は警察署へ電話をしました。こちらが塾の経営者で保護者の方たちに安心してもらうために、事件の状況と再発の可能性を教えていただきたいとお願いをしたところ、署の方は状況を理解して、かなり詳細な情報を教えてくださいました。すべてをここに書くことはできませんが、「最終的な情報ではないことを前提に申し上げれば、まず今回の事件が児童を対象にした犯行ではないことと、通り魔的犯行ではないことから、町内の方々の過度なご心配は必要ないでしょう」とのことでした。
さらに、「地域の皆様は気づかれないかと思いますが、現在、私服の警官を含め、数十名から百名以上の警官を現地へ連日投入して捜査と警戒をしています。通常、事件直後に厳重な警戒態勢が敷かれている地域に犯人が現れることは少ないので、現在、危険はほとんどないと言えます」とも語っていました。すでに犯人の捜査対象を絞り込んでいることも話されたあと、「塾に通うお子様については、遅い時間の送迎をしていただければ問題ないと思います」、「この後も心配なことがありましたら、お問い合せください」と、丁寧なご配慮をいただきました。
早速これらの情報をA4用紙1枚分にまとめて保護者さんたちへはメールで通知し、翌月曜日から1週間の間に生徒さんには同内容のお手紙を渡しました。これに対し保護者さんたちからは、すぐに「学校からは金曜日に『殺人事件があった』と知らされただけで、その後の状況がまったくわからなかったので助かります」、「私たちも子どもも殺人犯がうろついていないか心配でしたが、安心できました」、「また何か情報がありましたら教えてください」などのお返事をいただきました。
殺人事件はやはり地域の住民、とりわけ子どもを持つ親には不安と恐怖を与えます。その後も特に学校からは何の情報提供もないため、保護者の皆さんは半ばパニック状態に陥っていました。まして、今どきは共働き世帯が多く、多くのお宅で子どもの習い事の送迎は困難です。警察や学校が未解決の事件に関して、地域住民に不用意な情報を出して誤解と混乱を生じさせるのを避けたいのは理解できます。しかし、ある程度の現状と対策を知らせないと恐怖心を煽り、不安を募らせる結果になってしまます。公的機関が責任を問われることを恐れて動きにくいのであれば、せめて民間の教室が確かな情報を集めて、適宜必要な情報を提供することがあっても然るべきでしょう。
事件から1ヵ月余りが経ち、10月末に改めて≪もんじゅ≫は警察署へ電話をしました。犯人はある程度絞れているものの、まだ逮捕には至っていないとのことでした。しかし、元々児童を犯行対象とした無差別殺人ではないこと、そして所轄の重大事件につき、警察は今なお現地付近での聞き取りや不審者への職務質問を継続していることなどから、過度な警戒は不要ですとの回答を得られました。解決したらテレビニュースなどで報道されるはずです、とも。そのことは、毎月発行・配布している『もんじゅ通信』に書いて、生徒・保護者さんたちにお知らせしました。
現在、事件発生から3ヵ月以上が経って地域は平穏を取り戻し、そんな事件があったことすら忘れかけています。しかし、事件は未解決のままです。今回の経験から、今後の生徒さん・保護者さんたちの安全と安心を保証する教訓につなげなければいけません。
第一に、地域のお子さんを預かる教室として、地域の治安に関わる大事件が起きた時は、できるだけ各種ネットワークを駆使して情報を収集し、精度の高い情報に限って早めに提供したほうがよいでしょう。それにより、保護者さんとお子さんたちに安心してもらうことができます。そのためには、普段の送迎の際に保護者さんたちに気軽に声かけをしたり、時々メールで連絡を取ったりすることで、保護者さんとのコミュニケーションをしやすくしておくことが必要であると思いました。
第二に、教室に通う地域住民と子どもたちの安全と安心を確保することを理由に情報開示を求めれば、警察署もきちんと情報を提供してくれることがわかりました。その代り、こちらが教室生徒の保護者さんたちに情報を提供する時は、「ここでの警察からの情報は公式の発表ではなく、取り急ぎお子様たちが安心して塾に通えるための暫定的な情報ですから、提供された情報をSNS等で拡散するのはお控えください」と限定することは忘れませんでした。
教室に通ってくださる生徒さんの人数が大きくなるほどに、生徒さんの安全に関する責任も増してきます。1人でわが家の教室に通ってくれる生徒さんは大勢います。まだ日の明るいうちに帰る未就学児・小学生だけでなく、日が暮れてから来室し、夜9時前後に帰宅する中学生や高校生もいます。子どもの安全を守るためのネットワーク作りと、生徒さんへの安全教育も日頃から心がけておくべきだと痛感した事件でした。