書き順で悩むのは漢字ばかりではありません。アルファベットも同じです。たとえば、アルファベットの大文字「A」の第1画はどこから書き始めるでしょうか。左側の斜め棒であることは、ほぼ全員一致するでしょう。では、それを上のとがった部分から左下へ書くのか、あるいは左下を起点にして右上へ書くのか、皆さんはどちらで書きますか。

 質問を出しておきながら恐縮ですが、実は正解がありません。アルファベットの本家である欧米ではアルファベットの統一した書き順指導がないようです。それについては、外国在住の日本人の方々が、ネット上の個人ブログなどで書いています。私の知り合いの外国人は、それぞれ自由な書き順で書いていました。彼らは一筆書きにしたがります。しかも彼らの書く英文は、お世辞にもきれいとは言えないことが多いです。欧米には「カリグラフィー」という字を美しく書く技法があり、美しい筆跡の人もいますが、日本人の目から見て読みやすい字を書く人は少数といってよいでしょう。

 日本の文部科学省は学習指導要領で、漢字について「点画の長短や方向,接し方や交わり方などに注意して、筆順に従って文字を正しく書くこと」、「姿勢や筆記具の持ち方を正しくし、文字の形に注意しながら、丁寧に書くこと」と細かな指示を出しているにもかかわらず、アルファベットについては「文字や符号を識別し、語と語の区切りなどに注意して正しく書くこと」と、きわめて大まかです。点画の長短なのか筆順なのか、なにが「正しく書く」ことなのか言及がありません。

 きちんと決まった書き順がなく、自由に書けばいいなどと突き離されると、日本人は戸惑ってしまうでしょう。でも、日本の小学生や中学生向けに製作された大手出版社のドリルを見ても、アルファベットの書き順はまちまちです。日本人が書き慣れた漢字の書き順のように「上から下」に線を書くことを優先する出版社と、欧米的な一筆書きを採用する出版社の2種類に分かれるようです。例えば「W」は4画に分けてそれぞれ上から下へ書く方法と、左上から書き始めて右上まで一筆で書く方法です。

 ≪もんじゅ≫では、アルファベットの書き順について、欧米的な一筆書きに近い書き順で教材を作成しています。というのも、将来本格的に英語を使うようになることを前提とすれば、細かく画数を区切ったアルファベットを1文字1文字丁寧に書いていくのは、いかにも日本の学校英語的で、実用性の観点から利点があるように思えません。英語圏に留学して授業で教師の言うことをノートに英文で筆記する際には、流れるような筆順で速く書けることが必須になるからです。

 型を覚え、自在に使えるようになったら、型にとらわれず、自分らしいやり方をすればよいというのは、先賢たちが「守破離」(千利休)、「蔵修息遊」(礼記)などと語っているのに通じます。漢字もアルファベットも入門期を過ぎれば、字体に応じて杓子定規な書き順に拘泥されることなく、実用性や美観を重視した筆記方法にしてもよいのではないかと小考します。

   門樹