≪もんじゅ≫音読・書きとりコースでは、ひらがな、カタカナ、各学年の漢字、アルファベットなどの文字を練習します。当教室オリジナル教材では、すべての新出文字に書き順を参考表示しています。ただし、この「書き順」が悩ましいのです。たとえば、小学校一年生で習う重要な漢字でありながら、書き順を間違いやすいのは、「右」と「左」です。第1画は、「右」が「ノ」、「左」は「一」です。なぜ、そのような違いがあるか不思議ですよね。

 漢字教育の書き順は、昭和30年代に文部省から刊行された『筆順指導の手びき』が基準となっています。しかし、この『手びき』は、当時の文部省国語課の人が日本の書家に頼んで当用漢字を書いてもらったサンプルをもとに作成されたようです。しかも、その書家は行書の筆法を楷書にもちこむ癖があったことから、戦中以前と戦後教育期の書き順の違いまで生んでしまったと、『漢字再入門』(京都大学阿辻哲次教授、中公新書、2013年)に書かれています。楷書、行書、草書では、字形も筆順も変化するのは周知のとおりです。

 私が中国の大学に留学していた時、中国人教授の講義を完全に聞きとることができず、中国人学生たちがノートを貸してくれたことがありました。しかし、せっかく貸してくれても、ノートに書かれていた大半の字が判読できず、困ったおぼえがあります。中国で使われている簡体字と呼ばれる漢字が日本語のものと違うからではありません。すべてを漢字で表記する彼らは、ノート筆記の効率化のために、漢字を大きく省略したりくずしたりするからです。日本のひらがなほどに変化した文字の原型がどの漢字なのかを、想像でつきとめることには限界があり、結局いちいち彼らに丁寧に楷書で書いて教えてもらうほか、ありませんでした。

 さらに、彼らが丁寧に楷書を書く様子を見ていて、筆順のバラバラさにも驚きました。彼らはふだんから相当にくずした漢字を書いているためか、生来の民族的大らかさのためか、日本人よりもはるかに自由な書き方をしていました。中国でももちろん、基本的な書き順は指導されます。でも、中国の教科書では、「右」も「左」も第1画は「一」となっています。基本原則さえ理解すれば、それ以上の詳細は問わないようです。前述の『漢字再入門』の著者も「筆順とは、その漢字を書くときに最も書きやすく、また見栄えよく書けるように、おのずから決まる順序にすぎない」と結論づけています。

 日本の教育界では教育現場で書き順について混乱がおきないよう、厳格に書き順を統一し、それを試験でも生徒に問います。≪もんじゅ≫の生徒が日本で学校に通っている以上、「右」と「左」の書き順の日本的な正解が答えられるようにも指導していますが、いかにも日本人らしい「生真面目」なこうした設問には、漢字発祥の地を離れて独自に発展(?)した「ガラパゴス化現象」のひとつとして、正直そこまで問う必要があるだろうかと、悩ましく思うことが時としてあります。

    門樹