先日、小学校6年生の娘の学校が共催して行なわれた理科の「子どものためのサマースクール」に、娘と一緒に参加してきました。日本菌学会関東支部による「微生物は働きもの――顕微鏡で身近な微生物を観察しよう」(講師:安藤勝彦博士)です。保護者同伴が可とのことで、一緒に勉強をしに子どもについていきました。他にもお母様が数名参加されていて安心しました。
大学の実験室が会場となっていて、参加した小学生は近隣のいくつかの学校から応募した10名余りでした。贅沢にも参加した小学生全員に、大学院生・助手から大学の先生までが交代で1人ずつついて、1台ずつ用意された光学顕微鏡と実体顕微鏡の使い方や見えた物のスケッチ方法などを指導してくださいました。写真に写っている先生は、会場となった大学の農学部の先生です。
面白かったのは、参加者には事前に栄養培地(寒天)が塗られているフタ付き微生物採集プレート2つが自宅に郵送され、「プレートに入るものであれば何でもかまいません。実験当日の5日ほど前に何かを入れて常温で保存、持参してください」と指示があったことです。参加者は皆それぞれに考えた物を入れて持参してきました。
当日、小学生たちがプレートにのせて持ち寄ったものは様々でした。水槽・池の水滴、髪の毛、落ち葉、米つぶ、雨水(降水を直接プレートで受けたもの)、唾液などなど。ユニークなものとしては、寒天に自分の指を押し付けて手のバイ菌を見ようとしたものや、エスカレーターの手すりの汚れを綿棒で取って寒天につけたものなどがありました。いずれも大なり小なり微生物が繁殖していました。
娘は味噌とパンを入れました。5日経つと、味噌は白い酵母が全体を覆うほど増えていました(写真左)。反対に、パンは黄色いカビが少し生えただけで、ほとんど変化はありませんでした(写真右)。この実験を手伝いに来ていた医大の先生は「菌は熱に弱いので、パンを焼いた時点で酵母は死滅します。味噌は発酵する菌のカタマリのようなものですから、常温でものすごい増殖をしますね」と説明してくださいました。
講師の先生は参加者が持参したプレートの微生物を、1つ1つ顕微鏡を通して大きなモニターに拡大しながら解説してくれました。最終的に「微生物は地球上のあらゆるところに存在する」ことと、「生産者の植物と消費者の動物、そして分解者の微生物で生態系は成り立っている」ことがわかりました。肉眼では見えない微生物を培養し、顕微鏡で拡大して見せることで、とても説得力がありました。
2時間ほどの実験の最中に、私は日本菌学会からお手伝いにいらっしゃっていた先生がたに個別に話しかけてうかがった話が興味深かったです。近年、毎年のようにノーベル賞を日本人が受賞されたことで、数年前には危機的と言われた若者の理系離れは食い止められているそうです。むしろ、ノーベル賞受賞者が出た分野は、大学の学科の受験者が急増しているとのことでした。
日本菌学会の先生が勤められている大学では、東南アジアからの留学生や研究者が多く集まり、学術交流が盛んになっていると言います。高温多湿なアジアには、寒く乾燥している欧米にはない微生物が数多く存在し、微生物研究分野で日本は世界トップレベルの研究がなされているとのこと。学会では高校生が先端研究を発表できるような場を設けて、優秀な若手の発掘にも力を入れています。
就職活動で「あなたは何ができますか」と尋ねられた時に、具体的な実験内容と製品関連の話ができる理系の学生は、企業側が聞きたがるような体験をほとんど持たない文系学生に比べて就職に強いです。特に女子は真面目で優秀な学生が多く、「リケジョ」と呼ばれる理系女子は就職で引く手あまたです。実際に理系学部に入学する女子学生は年々増加傾向にあります。昔ふうに言えば「手に職」をつける感覚でしょう。
いま小学生向けの理科実験教室や、中高生が参加できる科学教室が各地で開かれています。これは、各種学術団体が社団法人として文科省から承認を受け続けるための社会貢献活動の一環という側面もありますが、子どもたちにとっては日本の第一線で活躍する研究者から直接、最先端の科学を教わる貴重な機会です。こうした機会を積極的に利用しないともったいないと思いました。
学術研究でも中国、インド、韓国などの若手研究者たちの台頭が著しい昨今、日本が強みとする分野はまだまだあることを確認できました。湯川秀樹博士が物理学の尖端を拓いて以来、日本はその分野でノーベル賞受賞者を輩出し続けています。2015年にノーベル賞を受賞した大村智博士は微生物研究の泰斗で、日本菌学会もまさにその恩恵を受けているとのこと。後継者育成に力を入れていることを頼もしく感じました。
(高橋門樹)