先日、≪もんじゅ≫の小学生の生徒さんから素敵な本を教えてもらいました。≪もんじゅ≫夏期講習で、読書感想文を書くお手伝いをしていた時に、ある生徒さんが読書感想文用の本を持ってきてくれました。お母さんが選んだという本は、『バスラの図書館員――イラクで本当にあった話』という絵本です。早速、その場で生徒さんに全文26ページを音読してもらいました。内容を以下に簡単に紹介します。

 イラクで第2の都市であるバスラが、2003年のイラク戦争でイギリス軍に空爆されました。イラクはかつてメソポタミア文明が栄えた場所で、バスラの図書館にも貴重な本が各種ありました。当時50歳だったバスラの図書館員であった女性、アリア・ムハンマド・バクルさんは、危機感から本を安全な場所へ避難させることをバスラ市当局へ願い出ましたが、戦時下で市には余裕がありませんでした。そこで、アリアさんは自らの手と車で約3万冊の本を自宅へ運び出しました。その数日後、図書館は空爆を受けて焼失してしまいました。

 この絵本はイギリス人女性の絵本作家であるジャネット・ウィンターさんの文章と絵が、その出来事を子どもにもわかりやすく伝えてくれます。絵は子どもも惹きつけられるようなカラフルな彩色で、アリアさんの不安げな表情や燃えさかる図書館が表現されています。生徒さんは音読をしながら、有賀さんが本を自宅に運んでいる場面で、「アリアさんは夜に本を運んだんだ。大変だね。家の中は本だらけだ」などとコメントをしていました。

 出版元の晶文社のホームページでは、「爆撃で燃えてしまった図書館ですが、その後無事に再建されました。3万冊の本は図書館に戻され、新しい本も増えて、アリアさんは今、館長として元気に働いています」と、その後の状況が紹介されています。本書は、やまねこ翻訳大賞絵本部門(主催:社団法人全国学校図書館協議会・毎日新聞社)を受賞しました。

 読書感想文に書く本の選び方にはいくつかの考え方がありますが、終戦や原爆に関連するテレビ番組が多く特集される夏休みならでは、戦争に関する書籍を選ぶことも1つの選択肢です。私の娘は小学校4年生の夏休みにテレビで見た原爆関連のドキュメンタリー番組に衝撃を受けて、広島・長崎の原爆や戦争に関係する本を自ら何冊も読みました。夏は戦争の様々な側面について知り、考える季節でもあります。

 戦争でいくら政府が相手国のことを敵国と決めつけ、マスメディアが悪しざまに報道しても、敵味方に関係なく被害を受けるのは常に罪のない一般庶民です。現代では戦闘機による空爆が攻撃の主流ですから、戦場から離れた地で暮らす人にとっては、戦争で何が起きているのかを「大本営」公表情報以外で知るよしもありません。戦争指揮者は戦場で敵の攻撃に身を置く危機感がなく、他人事のように戦争を発動してしまいます。

 日本人は原爆と大空襲によって多くの尊い命が奪われました。一方で、日本軍がアジア諸国や米国の人々の命を奪ったことも事実です。それらの事実を、書籍等を通して知る努力をしなければ、戦争を教訓とすることはできないでしょう。特定の宗教を持つ人たちや近隣民族への偏見も、戦争を誘発する土壌となってしまいます。平和と共生の精神を広め、歴史を知り、相互理解を推進することが、教育の重要な役割だと改めて思いました。

 内容もさることながら、『バスラの図書館員――イラクで本当にあった話』に驚いたのは、この本ができた経緯です。まず、イラクに大規模戦争を展開してフセイン・イラク大統領を殺害した国家であるアメリカの新聞『ニューヨークタイムズ』紙がアリアさんのことを取り上げました。次に、バスラを直接空爆した国家であるイギリスの絵本作家が、その記事を読んでアリアさんのことを絵本に書き上げたのです。

 戦争で自分たちの国による非人道・非文化的な行為で苦境に陥った人を、マスメディアと作家が取り上げたわけです。この本は、近年どんどん言論空間が狭まっているように見える日本で、どこまで政権が国民の批判的意見に対して寛容な態度をとれるのか、また逆にジャーナリストや作家、教育者たちが政府に反対意見を言う勇気を持てるのかを問うている気がします。この絵本は決して単なる子ども向けではなく、大人にも様々な示唆を与える書籍です。

(高橋門樹)