当教室の作文・読書コースを受講している生徒さんの1人に、中学生の男子がいます。彼の学校では、今年の夏休みの宿題に人権作文が出されました。これは法務省が人権啓発の目的で、30年以上前から毎年、中学生を対象に作文の募集をしているものです。その生徒さんから「人権って……何を書けばいいですか?」との質問を受け、彼(H君としておきます)と一緒に作文の内容を考えることになりました。
H君はスポーツ少年で、ずっと野球を熱心に練習してきたことから、スポーツとの関連で何かテーマを考えることはできないかと、ネット検索をしてみました。すると、Jリーグやプロ野球などが、フェアプレー精神、障がい者スポーツ、民族・国境を超えた応援などを通じて、若者への人権啓発を推進しているという情報を見つけました。
ちょうど今月4日に、4年後の東京オリンピック・パラリンピックで野球とソフトボールが正式な競技として復活すると決定したというニュースがありました。選考過程では、オリンピックだけでなくパラリンピックでも競技が可能なスポーツであることも、採用基準の1つだったそうです。そこで、野球をはじめとする各種競技の障がい者スポーツをテーマにすることに決めました。
まず、H君はインターネットで身体障害者野球の映像を見ました。お父さんが身体障がいを持つ子どもとキャッチボールをするのですが、そこには野球技術の上手い下手とは関係のない、朗らかなコミュニケーションがありました。他の映像では、障がい者野球の試合で走ることが困難なバッターが打った瞬間に、走ることのできる選手が代わりに1塁へ疾走するなど、互いに身体能力を補ってプレイして盛り上がっている姿が感動的だったと言います。
H君は障がい者スポーツについて、自分が所属する野球チームの指導者に尋ねたり、町田市役所に電話をしたりしました。彼が住んでいる町田市役所へ、「障がい者スポーツへの自治体の取り組み」について取材をしに行く時は、私が同行しました。同市では、障がい者を含めた「スポーツ推進計画アクションプラン」を2年前に打ち出しており、市役所ではそれについて若手の職員さんが資料を用意して丁寧に説明してくださいました。
障がい福祉課では、40年年以上前から市内の複数の体育施設で障がい者向けにスポーツ教室が開かれていることを聞きました。年1回の障がい者向けスポーツ大会には、同市を拠点とするサッカーJ1チームも参加して盛り上げてくれているそうです。職員の方は、「身体の不自由な部分の代わりをする器具や設備があれば、障がいが障がいではなくなります。そうした環境を整えていかなければいけません」と言っていました(写真左下)。
スポーツ振興課では、パラリンピックに出場できるアスリートの育成に力を入れているという話をしてくださいました。選手や指導員には助成金を出したり、障がい者スポーツの大会の市内施設での開催を計画しています。4年後の東京オリンピック・パラリンピックでは、各国各競技の選手団が試合前の練習で使う施設としての「キャンプ地」を、市へ招致することに力を入れていることも知りました。
スポーツ振興課の方は、「将来的に障がい者スポーツと言って特別視することなく、健常者と障がい者がふつうに一緒にスポーツを楽しめるようになることが理想です。障がいを持つアスリートから健常者が学ぶこともあります。最近では健常者が車いすバスケを実際にやってみる体験会などもあって、スポーツの世界でも健常者と障がい者の垣根が低くなっています」と語っていました。
広報課でもお話を伺いました。つい最近発行されたばかりの市政だよりの第1面には、市内の小中学校を卒業して、リオデジャネイロ・オリンピック・パラリンピックに出場する選手たちが、写真付きで大々的に紹介されています。彼らを取材した広報課の職員の方が、「障がい者と言っても感覚的に健常者と変わらないですよ。パラリンピックに出るようなアスリートは元気だし、根性あるし。パラリンピアンを直接知ると、偏見とか差別なんて考えなくなります」と言っていたのが印象的でした。
先月、神奈川県の相模原市で、障がい者護施設の人たち19人を殺害する事件が起こりました。犯人が障がい者への差別的な認識を持っていることが、事件の根底にありました。こうした痛ましい事件を防ぐためにも、日本社会が日ごろから健常者と障がい者が交流し、協働する機会を増やせば、自然とバリアフリーの意識が社会で涵養されるでしょう。そんなことを帰りの車の中でH君と話しました。
翌日、H君のお母様は、息子さんが市役所を訪問して話を聞き、質問して答えをもらえたことについて、「とても充実した一日だったようで、満足げな顔で帰ってきました」と、メールで私に書いていらっしゃいました。後はH君が、夏休みが終わるまでに作文を書き上げるばかりです。市役所で聞いたことや調べたこと、自分で見聞きしたことなどを、悩みながら文章にまとめてくれるのが楽しみです。
最後に、お忙しい中お時間を割いてご協力くださった市職員の皆さまに、感謝申し上げます。右下の写真はH君が市役所で「障がい者スポーツの指導員になるための資格は、どのようなものですか」、「4年後のオリンピック・パラリンピックでボランティアをするにはどうしたらいいんですか」などの質問をしているところです。