毎年夏休みの課題などで小学生が頭を悩ますのが、読書感想文ではないでしょうか。その悩みの1つに、あらすじを書くかどうかがあります。なぜなら、感想文を受け取る先生は、すでに課題図書の内容を知っているはずだし、あくまでも感想文なのだから、今さらあらすじは不要なのではないか、といった疑問が浮かぶからです。結論から言えば、あらすじは必須です。あらすじは感想文の重要な導入部分であり、決して邪道(?)な文字数かせぎなどではありません。読書感想文は、課題図書を通じて子どもに考えさせ、それを文章化することを目的としています。あらすじを書かせた後に「おもしろかったです」「感動しました」と簡単にまとめさせることをねらっているわけではありません。それだけでは読書の楽しさを知ることにつながりません。

わかりやすくするために、童話「もも太郎」を例に説明します。「もも太郎」の論点は、いくつもあります。もも太郎がサル、イヌ、キジを連れて鬼ヶ島へ鬼を成敗に行くという行為を、仲間と力を合わせて目的を達成するチームプロジェクト・モデルとしてとらえるのか、鬼たちから金銀財宝を取り返してくるという勧善懲悪モデルとして考えるのか、子どものいない夫婦に授かった子どもが成長して立派に親孝行するという親子モデルとしてとらえるのか、さまざまです。それらを「すばらしい!」とほめたたえて締めくくることも可能ですが、もも太郎への反論や物語の発展を考えさせたほうが、読書感想文としては有意義でしょう。

「暴力で鬼たちから物を奪ってくるなんて、もも太郎も悪者だ。」
「ぼくなら動物に鬼を襲わせるような戦術ではなく、戦略をねってスマートに勝つ軍師をめざす。」
「鬼たちが村人から奪ったものを返却するよう説得することが最初にやることだ。」
「鬼と村人が共存共栄をする話し合いの場をつくろう。」
「鬼ヶ島から持ち帰った金銀財宝は、もも太郎一家が独占したのか? ちゃんと村人に返したのか?」
「その後のもも太郎はどうなったのか? 有名なお侍になったのか、村長になったのか、ただの乱暴者か?」

これらの観点から想像をふくらませ、きちんと感想文の本論として持論を展開すれば、書いている本人も楽しいし、先生にも「おもしろい」とほめてもらえます。著名な小説家が書いた文学作品にケチをつけたり、内容を勝手に改編するのは冒涜(ぼうとく)ではないか、との声が聞こえてきそうです。しかし、小学生でも批評家精神を持つことは大切ですし、子どもが論戦を挑んでくることには、作家先生も草葉の陰で喜んで見てくれるはずです。子どもが独自の論点を見つけて自分の主張を持つこと、それが新しい時代の教育で求められることです。作文・読書感想文は、そのための有効な教育手法として、もっと見直されてもよいと思います。

話は戻って、感想文冒頭の「あらすじ」問題です。チームプロジェクト・モデルなら、仲間作りから金銀財宝の入手までを中心にあらすじを述べ、勧善懲悪モデルなら鬼の悪らつさと鬼ヶ島での戦いに重心を置いたあらすじを描きます。親子モデルなら、もも太郎が桃から生まれて養父母に育てられ、長じて恩返しをするストーリーで童話「もも太郎」を要約します。論点につながるあらすじを書いてこそ、感想文の本論が生きてきます。感想文の読者を本論で「なるほど!」と思わせるために、物語のどこを重点的にあらすじで紹介するかを考えましょう。

≪もんじゅ≫の作文・読書コースでは、こうした作文や感想文、ノート作成のノウハウを生徒さんに伝授します。