資料室の次に訪問したのは、動物相談室です。ライチョウ展示室の斜め向かいにある総合案内所の2階にあります。予約した私たちを待っていてくださったのは、痩身で長髪、眼光の鋭いベテラン獣医のNさんでした。Nさんと私たちがテーブルで向き合って座ると、さっそくK君に「絶滅危惧種の保全とはどのようなことだと思いますか」「今回ライチョウを同時公開している場所は、上野の他にどこがあるか知っていますか」などの質問が投げかけられました。

 最初の質問にK君が「特定の種が絶滅しないように繁殖などの保護活動をすることですか?」と答えると、「生息域内保全と生息域外保全があり、動物園での活動は生息域外保全にあたります。それは、ここにわかりやすくまとまっています」と、環境省が作成した1枚のチラシを見せてくれました。2つ目の質問については、K君がメモも見ずに4つの動物園などの名前をすらすら言うと、NさんはK君の事前の準備を見てとったようで、「どんな質問を用意してきたのですか」と尋ねました。

 K君は2週間ほど前から、新聞や上野動物園のホームページからライチョウに関する記事などを集め、それらにもとづいた詳細な質問リストを作っていました。彼はそれを取り出し、次々に質問をしていきました。時々お父さんと私が関連する質問をして、質疑応答は1時間以上にわたりました。以下に主なものを短くまとめて紹介します。(実際の質問順ではありませんが、便宜上番号をつけておきます。)

質問1「10年ほど前から上野動物園でスバールバルライチョウを繁殖しているのは、絶滅の危機にあるニホンライチョウの代わりに日本の山に再導入するためでしょうか?」
解答1「違います。繁殖のノウハウが未確立な段階で、直接、絶滅危惧種のニホンライチョウの繁殖を試して死なせてしまうことはできません。そこで、非常に近い亜種であり、海外では豊富にいるスバールバルライチョウを使って、繁殖手法を確立しようとしているにすぎません。同様な例はいくつもあります。例えば、絶滅危惧種であるツシマ(対馬)ヤマネコには、アムールヤマネコが繁殖手法確立のために用いられました。」

質問2「ライチョウの卵は、どのようにして海外から日本へ運んだのですか?」
解答2「有精卵は常温で2~3週間生きています。卵の移動は振動があまり伝わらないような箱に入れて、飛行機で行ないます。ただしライチョウは寒冷地の生き物で、卵も似たような環境で移動できるように、小型冷蔵庫で保管して移動することもあります。」

質問3「なぜライチョウの一般公開を全国5ヶ所(東京都・上野動物園、富山県・富山市ファミリーパーク、石川県・いしかわ動物園、長野県・大町山岳博物館)でこの3月15日から同時に行なうことにしたのですか?」
解答3「環境省の下で域外保全活動として繁殖を5か所の施設で連携して行なっている以上、それぞれが繁殖の成果の報告および絶滅危惧種保全の啓蒙活動として、バラバラではなく同時に行なうことに意味があると考えています。そのため、今回一般公開するのは繁殖成果としてのニホンライチョウであって、スバールバルライチョウではありません。」

質問4「同時公開している5ヶ所それぞれに、ライチョウの繁殖と保護の方法について特徴はあるのですか?」
解答4「細かな部分はそれぞれのホームページで比較したり、現場に行って調べるほかありませんが、基本的にはありません。環境省が繁殖と飼育に関して必要な設備と人員を満たしている施設にしか保護活動を許可していないので、大きな差はないと思います。」

質問5「各施設の情報交換はどのように行われているのでしょうか?」
解答5「環境省の下で定期的に会議があります。5施設や大学研究者などを交えて、それぞれの繁殖・保護活動の状況が報告され、それによって次年度の計画などを話し合います。近年はネット上の会議もあります。」

質問6「繁殖させたニホンライチョウを生息地へ再導入するのは、いつごろになりそうですか?」
解答6「まだまだ難しいです。5施設合わせても繁殖に成功したニホンライチョウは30羽ほどです。繁殖の成功数よりも生息地での減少数のほうが上回っているので、それらを野生へ戻す再導入が急務であるのは確かですが、現段階では繁殖に成功したライチョウの数がまだ少なく、それらを野生に順化させる段階にも達していません。」

質問7「ライチョウの保全活動には、環境省、文部科学省、農林水産省の3省が関わっていますが、各省はどのような違いがあるのでしょうか?」
解答7「環境省は絶滅危惧種の保存として、文科省は天然記念物保護として、農水省は動物の移動に関連して保全活動に関わっています。それぞれ関連する法律が違います。ライチョウに関して主管しているのは環境省で、環境省が他省と連絡を取ってくれます。」

質問8「ライチョウの保護活動に関して、上野動物園でうまくいったことと、いかなかったことにはどのようなことがあるでしょうか?」
解答8「2015年の孵化から4年間でライチョウの世代を進められたことが成功したことです。他方で死亡した雛たちもいて、それは非常に残念でした。ただし、私たち動物に携わる者は生き物の死と常に直面しています。悔しい思いをしても、次には必ず成功させてやろうと努力します。」

質問9「最後に動物園へ来る子どもたちへのメッセージをいただけませんか?」
解答9「身近で簡単なことでいいから、環境保全になることを考え、実行してほしいですね。家で無駄な電気を消して節電することで、発電のための燃料消費を減らし、温暖化をくい止められます。エコバッグを使えば、プラスチック製の買い物袋がなくなり、マイボトルを使えばペットボトルがなくなって、マイクロプラスチック汚染をくい止められます。そうしたことだけでも、どれほど多くの野生動物が生き延びられるか。それを考えるきっかけに動物園がなったら、とても嬉しいです。」

 別れ際にNさんは、K君に「わからないことを調べて勉強することは、素晴らしいこと。よく頑張って準備してきたね。またたくさん質問を作って、聞きに来てよ」と言ってくださいました。ワイルドな風貌の獣医さんがK君に見せてくれた笑顔が素敵でした。動物園は普段見ることのできない動物を見て楽しむだけの施設ではないことがよくわかりました。子どもたちの勉強を助けてくれる専門家たちがいます。

 上記の質疑応答は一部です。私がノートにメモした質疑応答を数えてみると、K君はこの3倍ほど多くの質問をしていました。お父様は「息子は連日、資料の読み込みと質問づくりに格闘していました」と述懐していました。また、Nさんがこれほど多くの質問1つ1つすべてに丁寧なコメントをくださったことに、私たちは感激しました。お父様は帰り道で、「動物園でこんなふうに、深い知識と豊富な体験にもとづいた専門家のお話がうかがえるなんて知りませんでした。学習効果は数倍になりますね」とおっしゃっていました。K君も「すごく勉強になって、楽しかったです」と感想を述べていました。

  写真は動物相談室とは直接関係ないのですが、上野動物園へ行った記念にK君のご両親からいただいた「あわ家惣兵衛」の和菓子です。お皿に並べてみました。右端はハシビロコウです。食べてしまうのがもったいないほど、みな可愛らしいですね。