左上:中川環境大臣、左下:林文科大臣、右上:能登先生、右下:川口先生

 昨日、3月25日(日)に全国珠算教育連盟主催、文部科学省後援の第64回全国珠算研究集会に、午後の部から参加して勉強してきました。場所は東京都品川区立総合区民会館「きゅりあん」の大ホールです。以下に内容の一部をご紹介します。(本稿での発言引用は、私が会場で聞き書きをしたものですので、語句は発言通りではない部分が若干あるかもしれません。ご了解ください。)

 午後1時20分に登壇されたのは、品川駅近くのホテルで午前中に開催されていた自民党大会に出席してから駆け付けた2人の国務大臣でした。
 最初にスピーチをされたのは、環境大臣の中川雅治氏です。中川大臣は小学生の時にお母様の奨めで、地元で人気のそろばん教室に通われていたそうです。東大法学部を卒業されて大蔵省に入省された大臣ですから、相当の秀才でいらっしゃったことでしょう。「読上げ算など皆が緊張して一斉にそろばんを弾く張りつめた教室の空気が好きでした」とおっしゃっていました。
 そうしたご自身のご経験から、「今はIT(情報技術)・AI(人工知能)の時代とはいえ、そろばんは脳の活性化や集中力を養う点で大きな効果があります。また高齢者の脳の訓練にもなり、長生きの秘訣にもなります。ご来場の先生方には、この伝統を引き継ぐ役割を担っていただきたい」と、会場のそろばん指導者たちに要望されていました。
 次に文部科学大臣の林芳正氏がお話をされました。昨年8月の文科大臣就任での記者会見で、教育の重要課題を問われ、「たぶん小学校低学年ぐらいまでは、やはり昔で言う『読み書きそろばん』ということになるかもしれません」とお答えになっています。スピーチでは、小学校で3・4年生のそろばん指導が授業で必修となっていることに触れられていました。
 「AIがプロ棋士に将棋で勝利したことが騒がれたりしていますが、将棋や囲碁はルールの決まった小さな盤上での勝負です。われわれの生活や仕事など日々の営みでは、ルールを外れた不規則なことが常に起きる中で判断と行動が求められます。AIがいかに発達しても、人間の脳に取って替わることはできません」と力説されます。
 最後に、「そろばんの先生がたは、全国で1人1人の子どもの特性を見定めた上で指導をされています。そうした方々700人以上がお集まりのこの研究集会で、皆さんが経験と理論を共有し、さらに教育の質を高めてくださることを願っております」と、参会したそろばん指導者たちに激励を送っていました。

 午後1時30分からの研究発表は、青森県でそろばん教室を開いて28年の全珠連会員、能登金文氏による「開平の理論と指導」でした。「開塾してからの1級合格者が500名を超え、そのほとんどが段位に進む」という豊富なご経験から、能登先生は開平(平方根を求める計算)の指導方法をたくさんのパワーポイントのスライドで、詳細かつ丁寧にご説明をされていました。
 開平の解法を倍根法、半九九法、乗減法などに分類し、それらを数式と図形で表すなど、きわめて論理的に解説されていました。段位受検から出題される開平を生徒に指導する際に、「開平って何?」「どうしてそろばんで、そういうふうに計算するの?」と生徒から尋ねられることは必然です。小学校高学年以上には、ある程度理論的な説明が不可欠になりますので、能登先生の解説はとても役立ちます。
 能登先生のご報告の特徴は、生徒にどのタイミングでどのように指導するかを、生徒の理解力に応じて変化させるいくつかのパターンを作り、それを開示されていることでした。開平の指導内容を1日目から16日目まで細かく作成し、生徒の心理分析を行い、励ましのセリフまで用意されている緻密な指導方法には驚くばかりでした。

 午後3時からの実践発表は、東京都でそろばんをご夫婦で教えておられる全珠連会員、川口嘉治氏による「高齢者に向けた珠算の指導」でした。川口先生は一般企業で19年間勤務された後、そろばん指導に入られ、現在6年目です。「そろばんを通して地域社会の役に立ちたい」と考えていたところ、2016年末に荒川区の老人福祉センターでそろばんを教える仕事に巡り合ったそうです。
 川口先生は総務省の日本の人口統計を図示して、日本の超高齢化社会が今後さらに進展することを説明されました。最新の統計では、日本の人口1億2千万人余りの中で、65歳以上の高齢者はすでに3500万人以上います。高齢者の脳の活性化に、頭と指先を連携して使うそろばんは非常に効果的です。そろばん経験者が多くいる日本では、デジタル端末よりも安価で馴染みのあるそろばんが老化防止の恰好の器具となります。
 ただし、そろばん指導の方法や目的が、高齢者と児童では大きく異なります。川口先生が前任の方から高齢者へのそろばん指導の引き継ぎを受けた際に言われたのは、「お年寄りたちを怒らないでね」でした。児童の場合は上達することが最大の課題ですが、高齢者の習い事の目的は「自分の居場所を見つける」ことなので、できなくても「叱らない」「無理をさせない」が大原則になるそうです。
 杖をついて電車でやってくる方、「来週から手術で入院するので休みます」と予告する方、「暗算をしろと言われても、そろばんなんか頭に浮かばないよ」とおっしゃる方、様々です。それでも、川口先生は区でシルバー珠算競技大会を開催することを夢見ているとのこと、「今日の私の話を、聴衆の先生方が地域での高齢者指導を始めるきっかけとしていただければ嬉しいです」と報告を締めくくっていました。

 高度なそろばん技能の指導と、そろばん指導を通じての地域貢献は、そろばん業界発展の両輪です。そろばん指導に携わる者の1人として、私には得ることの多い大会でした。大会の詳細な報告は『珠算春秋』(全国珠算教育連盟発行)に掲載されるそうなので、そちらをご覧ください。以上は一参加者として勝手ながら速報で内容を一部紹介させていただきました。大会に出席されていない方のご参考になれば幸いです。