東京都教育委員会が4月27日、全国初の公立「小中高」一貫校を5年後の2022年度に開校する予定であることを発表しました。これまでにも公立中高一貫校などの新設は中学受験における新しい動向として注目を集めてきましたが、今度はそれに小学校を付属させて12年間の一貫校となります。翌28日の新聞各紙はこのニュースを取り上げましたが、どれもここに至るまでの経緯や開校目的などが十分に説明されていなかったので、当FBではそのあたりも含めて解説いたします。(その分長文なのは、ご容赦ください。)
 小中高一貫校の基本構想を最初に提案したのは、猪瀬直樹元東京都知事でした。2013年2月に猪瀬都知事が次のように述べました。「受験で区切られることなく12年間の期間を確保できることや、先取りして新しいことを学べる実質的な飛び級の仕組みをつくることができること、そして、こうした仕組みは特に理数系の分野で効果を発揮することが期待できる」。従来の詰め込み型学習では、世界で活躍できる人材を育てることは難しいとの考えが背景にありました。
 これを受けて都立小中高一貫教育校基本構想検討委員会が発足し、2013年4月から15年11月まで15回の会議が開かれました。それらの議事録を見ると各委員から様々な意見が提起されていることがわかります。「グローバル化と科学技術立国」、「世界に通用する英才教育」、「パブリックスクールか、プロフェッショナルスクールか」、「語学教育が大事である」、「日本の歴史や文化もきちんと学ぶ」「12年間を4-4-4制に分ける」等々。
 しかし、東京都知事は猪瀬氏が予定外の辞任をした後、2014年2月に舛添要一氏、そして16年8月に小池百合子氏に替わってしまいました。上記の基本構想検討委員会で話し合った内容は一旦白紙に戻され、新たに再編された教育内容等検討委員会で16年5月から5回の会議を経て、今年17年1月に報告書が完成、4月に公表へと至りました。舛添氏が14年12月に策定した「東京都長期ビジョン」の中でグローバル人材育成に重点が置かれたことから、当初の理数系教育は重点から外されたようです。
 さて、肝心の小中高一貫校の中身について、先日、東京都教育委員会のHP上で公開された「都立小中高一貫教育校教育内容等検討委員会報告書」から、主要と思われる6点を抜粋します。詳細に興味のある方は、以下のURLから「報告書」をご一読ください。
http://www.metro.tokyo.jp/…/hodoha…/press/2017/04/27/17.html

①都立立川国際中等教育学校の伝統及びこれまでの教育実績を踏まえた小中高一貫教育校として、附属小学校を新たに設置。
②小学校(第1~6学年)は各学年 80 人とし、第1学年で 80 人の募集を行い、中等教育学校(第7~ 12 学年)は各学年 160 人とし、第7学年で 80 人程度の募集を行う。
③一般枠の児童・生徒とは別に特別枠を設け、海外帰国児童・生徒及び在京外国人児童・生徒を募集する。
④第1~6学年までに英語で考えや気持ちを伝え合う能力を育成する。第7~ 12 学年までに、英語により幅広い話題について情報や考えなどを的確に理解したり、適切に伝えたりする能力を育成する。
⑤小学校から第二外国語に触れる機会を設け、中等教育学校では第二外国語を選択必修とする。
⑥中等教育学校の生徒が小学校の運動会の運営をすることや、語学キャンプのリーダーとなる。また西多摩や島しょ地域の自然や施設を活用した宿泊体験等も考えられる。
 上記①~⑥について、報告書で書かれていることを中心に以下補足的に説明いたします。
 この一貫校は、既存の都立立川国際中等教育学校に付属小学校を設置するもので、小学生の通学区域は約50分以内の通学時間の区市町村名を都が指定します(①)。基本的には、小学校1年生と中学校1年生を入試で募集します。小学校入試は抽選と適性検査です。適性検査では学力を問わないとしています。とはいえ、受験生は適性検査対策の勉強が必要となるでしょう。中学校入試は都立立川国際中等教育学校で現在実施されているものをそのまま採用します(②)。
 以前から、現行の大学入試制度は海外駐在家庭の子女にとって不利であるとの指摘がされてきました。海外にいては大学入試対策がしにくいことが理由です。加えて、親が国際結婚であったり、外国人であったりする児童は、親が日本の入試システムに詳しくないため、やはり子どもの入試準備がしづらく、せっかくの語学力や国際感覚を日本で活かすチャンスに恵まれません。今回の一貫校設置の目的は、こうした状況を打破し、国際感覚を持つ人材を活かすためにつくった部分もあるでしょう(③)。
 この小中高一貫校の最大の特徴は、徹底した外国語教育です。都教育委員会がこの学校の教育理念の1つに「世界で活躍し貢献できる人間を育成する」ことを謳っている以上、外国語を重視するのは自然です。現在2017年3月時点の学習指導要領で定められている外国語授業の合計時間が、小学校210時間・中学校420時間であるのに対し、この小中高一貫校では小学校836時間・中学校840時間であり、小学校終了時点で英検準2級、高校終了時点で英検準1級に合格することを目標としています(④)。
 さらには、中学~高校でフランス語、中国語、スペイン語等から第二外国語を必修で選択することになっています。英語学習は国際共通語として当然ながら、現実には帰国子女の中で滞在国が中国だった児童が国別では最多であることや、中南米から来た日系外国人たちはスペイン語またはそれに近いポルトガル語が母語であること、また国際社会では英語と並び格式ある言語として扱われるのがフランス語であることを考慮すれば、現実的な言語設定といえるでしょう(⑤)。
 戦後の日本の教育が画一的な一斉授業であったことの反省から、新しい一貫校の教育理念には「児童・生徒一人一人の資質や能力を最大限に伸長させる」ことが明記されました。その中には、リーダーシップの育成も含まれているでしょう。都会のビルの中だけで勉強するのではなく、郊外の山林や島でのアクティビティや、学年を超えた生徒間の交流、特別支援学校訪問やインターンシップ、英語合宿や短期留学までもがカリキュラムに盛り込まれています。(⑥)
 
 すべてをここで紹介することはできません。以上を見ただけでも、これは公立校とは思えない豪華な教育内容となっています。学費が年間百万円ではとても収まらない一部の私立校か、海外のボーディングスクールかと見紛うほどです。容易に想像できるのは、内容があまりにも贅沢すぎて、何がなんでも自分の子どもをここに入学させたがる親が大量に出てくることです。一度入学すれば格安の学費でこれほどの教育が小学校から高校までの12年間保証されるとなれば、通学圏内に転居してくる家庭はいるでしょう。入学が優遇されそうな海外駐在家庭は、血眼になって入学の方法を探すでしょう。税金で賄われる公教育で、入学条件と教育内容に格差のあることが問題となりそうです。
 その他、問題がいくつか考えられます。まず、この一貫校の卒業後の進路をいかなるものに想定しているのかが明確ではありません。どう見ても、東京大学を頂点とする日本の国立大学の受験には、この一貫校の学習内容があてはまりません。実際、これだけ語学力とリーダーシップに長けた若者たちは、少なくない割合で海外の一流大学を志向するでしょう。それこそが日本の国際化であると、政府や都が考えるのであればかまいませんが、日本の公立一貫校が目指すべき進路としては異見が投じられそうです。
 当FBでもこれまでに何度か言及した国際バカロレア(IB)校を、日本政府は数年以内に国内で200校開設すると宣言しています。公立小中高一貫校は、このIB校との整合性が問われます。全世界で共通の授業内容を基本的に英語で教え、高校で調査・討論・論文執筆を徹底的に訓練するIB校は、現在日本で開校している学校が大半は私立ですが、一部はすでに公立校でも開校しています。さらにIB校は本部がジュネーブにある国際IB機構が教育内容を統括・指導しているのに対し、東京の小中高一貫校の教育内容等検討委員会の委員は、日本人の官僚、都職員、大学教授、小中高校長等で構成されており、国際教育の経験に乏しいのは明らかです。
 ともあれ、日本の教育の国際化が胎動したのは確かです。経済活動で巨大な国内市場に甘んじていた日本が、人口減少に直面して海外市場への参入を余儀なくされ、世界で生存していく方策をいかにして練るのか。人材育成こそが日本の生命線であるとは、よく言われることです。とうとう、日本政府・自治体が海外を視野に入れた人材育成に本腰を入れ始めました。従来のように国内でしか通用しない暗記中心の受験勉強を勝ち抜いて有名大学に入学し、一流企業に就職すれば生涯安泰などではなくなっている現在、高校までの教育内容や高校卒業後の進路、そして大学卒業後のキャリア形成も含め、社会な熟議が待たれます。

(高橋門樹)