明けましておめでとうございます。当教室が加盟する全国珠算連盟(全珠連)の機関紙『全国珠算新聞』(平成29年1月1日号)が本日、自宅に届きました(写真)。第1面には、名誉会長の山崎直子氏(元宇宙飛行士)と全珠連理事長の梶川眞秀氏の「新年のご挨拶」が掲載されています。本稿では以下に、梶川理事長の文章の内容を中心にご紹介します。

 梶川理事長によれば、今年の全珠連の重点目標3つあり、そのうちの1つは、小学校教育支援事業の推進です。これについては第2面に、全国珠算教育団体連合会(全珠連+日本珠算連盟+全国珠算学校連盟)の代表者7名が、11月に松野博一文部科学大臣と義家弘介文部科学副大臣を表敬訪問した記事が掲載されています。
 次期学習指導要領改訂にあわせて、同連合会は小学校の算数でのそろばんの授業が現行の小学3~4年生だけでなく、小学2年生から3年間連続で実施されるよう要望書を提出したとのことです。その際に、6都府県の小学校の2年生を対象に実施したそろばん指導の成果やアンケートの結果などを資料として併せて提出しました。
 そろばんは数字の仕組がビジュアルで理解できるので、算数教育で早期から導入すれば有効なのは間違いありません。しかし、英語の必修化や情報教育など、日本の初等教育が新たに導入しようとしていることがめじろ押しの現況下で、そろばん学習の時間の拡大を実現することは容易ではないと思います。

 個人的な見解を言えば、情報教育を低年齢の児童に対して行なうことは慎重であるべきだと思います。というのもネットの情報検索はテレビやゲームと同じで、大人が抑制をかけなければ子どもは延々と時間を費やしてしまいかねないからです。しかもネット上には倫理上子どもには有害なものが氾濫しています。そして何よりも、その効果に疑問があります。
 知り合いの都立高校の先生によれば、高校の「情報」の授業で、生徒がパワーポイントによるプレゼンテーションをした時に、プレゼン内容に関する質問を生徒にすると、何も答えられない生徒が大半だそうです。ネット上で検索した文章の中身をろくに読まずに切り貼りするからです。パソコン上でのコピー&ペーストは、ほとんど自分の脳を介さない情報の移動になってしまっています。
 以前のように本をじっくりと読んで、報告用の文章を自分で考えて原稿を書き、模造紙でポスター報告をするのなら、そうしたことは起こりません。これは計算機とパソコンの出現により、そろばんを時代の遺物として軽視した結果、若者の計算能力が大きく低下した現象に通ずるところがあります。性急な情報教育は歪みをもたらします。

 先日、私が参加する中国語書籍の翻訳研究会で、大学で中国語を教えている70歳ほどの先生が嘆いていました。「学生には紙の辞書を買って使いなさいと口を酸っぱくして言っているんだけど、買わないんですよ」、「紙の辞書の代わりに電子辞書を使うのですか」、「いや、今どきはみんな教室でスマホを使って調べます」とのお答え。
 スマホの辞書ならほとんどお金がかかりませんし、本のようにかさばりません。これまでに岩波書店などから数冊の翻訳書を出版している私たちの翻訳グループでは、研究会で誰かが試訳を読み上げている最中に、半分ほどのメンバーがスマホやタブレットで意味不明な中国語を調べ、適切な訳語を議論しています。なぜ今の時代に紙の辞書なのでしょうか。
 前出の大学教授曰く、「プロにはネット検索が必要なんですよ。仕事の翻訳では、辞書に載っていないことをネイティブスピーカーに尋ねるかネットで探すしかありませんから。でも経験的に言えば、初心者は紙の辞書を使わないと言語そのものがイメージできません。直接手を使って調べているうちに自分の脳内で知識を体系化していくんです」とおっしゃいます。指の触覚が記憶の定着を助けるのか、あるいはそこへたどり着く過程で得る情報が基礎となるのか、いずれにせよ効率以外の要素も必要なのでしょう。

 話を戻しましょう。そろばんの低年齢化は、実はすでにそろばん界では起きている現象です。かつて「そろばん3級以上に合格しておくと就職に有利」と言われていた時代は、学習者の中心は中高生でしたが、いまや幼稚園児と小学生がメインです。そろばんが計算力だけなく育脳にも役立つことが注目されていることが理由です。
 見取り算では目で読み取った数字を、読み上げ算では耳で聞いた数字を、そろばん上で素早く珠に置き替えて計算します。数ヵ月そろばんで計算をしていると、目の前にバーチャルなそろばんが浮かぶようになり、暗算ができるようになります。そろばんは五感をフルに使うからこそ、計算機器であることを超えて脳を総合的に鍛えられる育脳教具となっています。
 どの学齢で何を使って教えるべきなのか。低学年のうちは頭の中だけで数字を処理するのではなく、肌感覚で知覚したものを脳内で再構成し、イメージとして把握させることが重要です。成長してデジタル機器を使いこなすことが要求される前に、視覚・聴覚・触覚などを通じて想像力を働かせられるように指導要領が作られることを願います。

(高橋門樹)